囚(とら)われがあると発言や行動が極端になりがちです。
たとえば、ある見方やある意識に囚(とら)われている場合、それにひっぱられて自分自身の考えや意見を強引に主張しがちになったり、相手の考えや意見を受け入れずにバッサリと切り捨てたりします。
そうなると、相手は「私を受け入れてもらえなかった」と感じますから、建前だけ意見を合わせるか、反論するかのどちらかになるでしょう。
どちらにしても離れて行ってしまいます。
本人の言動が極端なゆえに、相手をも極端な行動に追い込んでしまいます。
そして「相手がなんでそんな極端な行動をするのか理解できない」ということになるわけですが、相手をそうさせているのは自分です。
独特な考えは個性として魅力あるものになりますが、極端な考えは人がついていけなくなります。