納得できる話をしたい時に

電話 0463-62-0325 神奈川県中郡大磯町大磯1184 加藤直樹  人や思考・行動を理解する専門所。心理学・人類学の教室。苦悩の相談。精神状態や不安、神経性疲労症状の健康相談ができます。メンタルヘルスケア。夫婦関係。性愛。敏感体質や神経発達障害。子の問題。不満・愚痴の傾聴。苦労や辛さを聴きます。

自身の体験を聴いてもらう

自身がこれまで体験してきたことを誰かに聴いてもらうことは、とても大切です。

自身にいろいろな作用をもたらします。

情動が穏やかになったり、頭のなかが整理されたり、神経や精神・気分が落ち着いたり、心が満たされたりします。

 

秘密を打ち明けられる場所(人)がある

秘密というのは自身の内に置いておくものですが、時として、それを誰かに打ち明けたくなることがあります。

その際に、秘密を語れる場所(人)があるのは有難いことです。

そういう場所(人)があると私たちは安定していられます。

「自身の秘密を話せるけれども、その秘密をばらされない場所(人)がある」、そう感じられることが「がっちり安定した状態」をつくります。

 

競争が苦手なら避けるようにする

競争が苦手な人や嫌いな人は、無理して人と競(きそ)わなくてもいいです。

競争が好きな人も世の中にいますが、そういう人たちに合わせなくてもいい。

競争が好きな人は競争が好きな人と競えばいいのですから、配慮してその中に入っていかなくてもいいのです。

どうしても競争せざるを得ないときもあるでしょうし、「競争したくない」と言いづらいときもあるでしょう。

そういう時は我慢してするのは仕方ないとしても、毎回することはありません。

競争が起こりそうな場面に出合いそうでしたら事前に避けるように行動するのもいいです。

 

こんな大学に入学したくなかったという感情

「いま通っている大学には興味がなく、もっといい大学に入りたかった」という不本意な感情をもっている学生は、どこの大学にもみられます。

いわゆる「不本意入学」と呼ばれるものです。

好きでもない大学に入学してしまったから、早めに辞めて、別の大学に入学したいとずっと考えている。

それで「自分の本当に行きたい大学は○○大学だ」と言うのですが、再び勉強したからって来年受かる保証もないし、いま通っている大学に大金を払ってしまったので親も反対するしで、神経症のような状態になっている学生もいます。

 

自身の存在についての質問・対話

自身の存在について「質問」がありましたら、私に依頼してください。

私が受けます。

たとえば、自身の存在価値についてですとか、自身はどういう存在であるのかですとか、自身はどのようにあるべきか、といったことを質問できます。

私と対話をしましょう。

 

病気や障害とどう付き合っていくかを考える

病気や障害とどう付き合っていくか、また自分自身とどう付き合っていくかを考えなければならない時期もあります。

治したい願望を持ち続けるのも素晴らしいことですが、短期間には治りが望めない場合、どう付き合っていくかを考えることも大切です。

 

生きている実感を得るのは重要らしい

生きている実感を得るのは、人にとって重要なことらしい。

無難に生きている間は、過剰な刺激を得なくても、楽しめる程度の刺激を得ていれば、生きている実感を得られます。

ですから楽しめる以上のことをしません。

仕事は大変だけどやりがいがある、といったこともその中に含められるでしょう。

ところが何らかの事情で、生きている実感を得られにくくなっている場合は、普通のことをしていては得られませんので、極端な行動や逸脱した行動を起こすことによって得ようとします。

たとえば、断食や山修行をしたり、自傷行為や危険に身をさらす行動などもそのうちの一つです。

それを周りの人から見ると、「心を病んでいるのではないか」「精神がまいってしまったのではないか」と感じられます。

本人にしてみれば、それくらいの行動をすることでやっと生きている実感を得られる。

そうまでして人が得ようとするくらい、生きている実感というのは重要らしい。

 

軽度の強迫傾向で確認や質問を繰り返す

強迫神経症強迫性障害の程度まではいかなくても、強迫傾向をもっている人は多くみられます。

軽い強迫行動が生じるせいで、数回程度、確認作業を繰り返したりします。

軽い強迫観念が生じる場合には、数回程度、同じ質問を繰り返したりします。

 

目の前の問題を解きたくなる

目の前に問題を提示されると、たとえばクイズとかパズルとか悩みとかを解きたくなるのが、人の性質のようです。

テレビ放送のクイズ番組であれば、テレビに向かって回答したくなったりする。

一方、他人の悩みに口を挟んで、解決してあげようなどとすると余計なお世話になります。

 

大変で辛くても、困っていることは無い

周りにいる人たちからは困っているようにみえても、当の本人は困っていない場合があります。

接する人たちが「あの人は困っているように見える」と言うので、本人に直接「困っていることはありますか?」と尋ねますと、「困っていることはない」と言われる。

ただ、大変なことや辛いことはある、とは言います。

これは言葉通り、本人にとって“困っていること”は無いのでしょう。

本人にとっては、困りごととは認識されていなくて、苦悩していることはあったり、心を病むことはあるのです。

だから、大変だったとか辛かったとは話してくれる。

けれども困っていることではないので、「困っていることはありますか?」と質問されると、「無い」と答えるのです。